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100歳まで生きるにはどうすればよいのでしょうか?

それは小さいときから正確な生きるための情報を得ることなのです。

そんなに転がり込んで来る百歳ではないし人間と言う生き物は簡単に死ねる。

一つの臓器が機能不全になればもう終わりである。

金正日氏は豊富な資金力でしても結局は私の母親(昭和二年生)より命を長らえることは出来なかった。貧乏な生活をしても信念を持ち例えそれが誤っている思想がかんでいても概ね生の欲望に克つ力がそうさせた。

命は粗食から始まるし美味しい物ばかり食って長生きすることは難しい。

食べ物にこだわり、余計な物は食わない!

特に肉の脂身を食べないようにしましょう。

余計なエネルギーを体内の細胞に与えてしまいいつもの同じ細胞を作れなくなる。

それを意味することは正常な遺伝子を伝えなくなり異常な遺伝子を作り出してしまうのです。同じ遺伝子を作るのには大したエネルギーは必要ありませんが軌道を脱する勢いを作るには脂肪のような高エネルギーが必要になります。その結果癌などの異形の細胞を作ってしまうのです。

いわゆる悪性細胞を自ら作り出してしまい自らの命を脅かしてしまいます。

正体不明なお菓子とか危ない食べ物は沢山あるので注意しましょう!

トランス脂肪酸はかなり危なそうだけど今更言っても無駄かもしれないが命は一つしかないからね

炭水化物

時にはご飯と漬け物、豆腐など簡素なものを食べるが塩分摂取には気をつけよう。

ご飯にはたっぷりのお茶かお湯を入れて漬け物を愉しむ気持ちが大切である。

果物は

酸が多く入っている果物や植物酢が有効みたいです。

食べて害にならず益になるのは果物です。

果物は摂ることは良いがこれは単に水分補給に準ずる。

危ない食品は避ける

中途半端なお菓子例えばチョコレート入り加工品のものは味が確かな物を選ぶ。

変な味やたら油脂がいやに伸びる食感のものはいかがわしい物が入っている。

水分は?

常に水分の補給しなくてはならないのは一時的にでも血液濃度を濃くすると組織が傷を受ける。

さていかにすべきか?

水分を補うのに善し悪しより何でも好きな飲料でも良いがカロリーオフが望まれる。

例えカロリーゼロコーラでも如何なる添加剤も含んでいるが知らないが兎に角飲まないより飲んだ方がよい。

その理由は血圧を上げないことや血液内の濃度を薄くする

お酒は?

異常に水分を排泄してしまうし体内の水分が不足するので喉が渇く。

大切なことは濃い濃度のアルコール摂取しないことです。

アルコール摂取は血液内の水分を不足させてバランスを崩す。

適度な飲酒は益になる

嗜好品

酒、タバコは程々に嗜むなら人生を楽しめる

タバコは美味しくないと感じた時点で控えておこう。

感情的にパニックに陥っているときに吸い過ぎるようです。

食事を止めるかタバコを止めるか?

いくら吸っても快楽は薄れて苦痛になるだけだ。

そう思ったら直ちに勇気を持って禁煙しましょう。

良い環境

或る程度の空気の乾燥は良い。

湿っている一階に住居がある人は常にベットの下とか黴(かび)が生えている場合とか結構あり得るので出きれば二階以上の風とうしが良い場所で生活できればよい。

湿っているところは鼻とかにアレルギーがあるものは辛い。

しかしやたら過保護な環境は人を駄目にする。

ただ喘息とかの呼吸器の弱い人は風通しの良い住処を得ると改善する

家族関係

けんかやお互いを認め合う優しい関係を築き家庭の中での争いは疲れた体を更に疲れさせる。

居場所

自分が活動する環境をストレスのない配置を求めて居心地の良い空間を作れるなら最高である。

寝る場所とか方向位置は熟睡できるかどうかの重要な問題である。

地震がおきても下敷きにならないような場所とか寝るときの視界に圧迫感を感じないようにする。

自分の落ち着く場所を早く見つけて体調や気分によって変えてゆくなら素晴らしい。

集中する意識

閑かに居場所を求めて集中することも必要である。

気持ちの安定と焦燥感やいらいら、不安な心、そういう否定的な事をも納得されるべく自己制御する。

不慮の事故を回避する

不幸への導きは針の穴を通すほどの希な導きである。

ただ現代にも偶然の不幸という物があるが急激にやって来る場合もあるが

案外冷静になって考えてみれば導かれている場合も多いから有る程度回避することもできる。

一体いかにその災難の真っ直中に突入しないでいけるかだが、立ち止まって考えてみよう。

自分の壊れそうな生命を維持するためにあらゆる努力をしないと案外短い人生になる

神仏さんを巧く利用する

自分の心地よいスポットを捜して良い場所が見つかればそこを基準に自分のサークルを決める。

神仏さんをお参りするときは意に添う人となら同行は良いができたら自分の一番威力を発揮するなら単独の方がよい。

人の命なんて紙(神)一重と思います。台所に迷い込んで来る蠅は蠅叩きで一気に殺される運命であるかもしれないときリスクを知る情報を得る必要がある

少しの運命のズレが大きく人生を左右する

清潔にする

ウイルスは動物が出す油で繁殖するので体の油を落とす

感染症から身を守る

掃除を自分からする

自ら動くことによってさび付いている体をほぐす。

意識の集中にもなる

清潔な環境を守ることで自分自身の健康も維持する。

耳目口の刺激を常にする

耳なんていつも刺激してないなら退化して聞こえなくなる。

眼も同じく動かない自然の遠景を見つめて視神経を休める

安定した収入

或る程度の収入がないといけない

まず怒らない事

地球規模で考えて損得に関しても気持ちを一喜一憂しない

怒ると自分自身に怒りが向かってしまう。

微かな異変に気を付ける

一番の微かな指標は食欲である。

あれほど好きだった物が何故か美味しく感じないとか。

体の微かな異変に気を付けて直ぐ病院でみてもらう。

誰かに尋ねる。

追記


よく聞く言葉に「数年前に親父が亡くなってね」

死んだ人の何故死ななければならなかったのか?

死んで意味があったのか?


なんて簡単にかたづけられると死んだ親父はいろんな思いがあったはずなのに

なぜ死んだかを誰も語らないし聞こうともしないのはまるで飼い犬が死んだと同じである。

人一人が例え死んでも死人は語れず死んだで終わる。

自分も親父と同じような死に方をしないように何故そうなったかを追求する必要がある。

ただ恵まれている環境で生かせて貰っておりますのでその点ではご先祖様のおかげ

と眼に見えない親父の思いやりの気持ちと医学の勉強をさせて貰った事に感謝します。

よくお墓にはご先祖様が祀ってあるが戒名の人をいちいち説明する文書がないから

如何なる業績を揚げて貢献したかまるで分からない。

私見だが戒名はいらないと思う。

戒名に高額な金を払うほどくだらないものはない。

名前をどうしても変える必要があるなら生前から戒名を自分の基準で考えておこう。

明治から大正、昭和の初期、戦前に亡くなられた若い兄弟は結核で集団感染したらしいとか

そういう事の記載は存在していたが戦争中に焼けてしまったとか聞く。

いかにご先祖様が悲惨な死に方をしたのかどうかを知るべきである。

その親父に口なしで何のコメントも無く簡単に亡くなったと言われたら返す言葉もなく

親父の気持ちは複雑怪奇なのでしたと説明してくれる遺族は少ない。

私の親父は虫けらのように死んでいったので特別人間らしい会話はしなかった。

死は静かに訪れて消え入るような微かな意識を失いそれが深い谷底に落ちてゆく。


常に或る程度の医学的な知識と自分の健康状態を確認しなければならない。

それはその人の立場、環境、親子関係の親密度等による。

私もこの年になるとそういうことを考えてしまう。

親父は体力も気力も亡くなっていて末期の体をなしていたのでそんな思考の踏み込んだ話は出来なかった。

現代であっても恐らく助かることはなかったかもしれないが本人の姿には絶望とあきらめがあった。


また徳島じゃ低予算の関係で医療レベルが低いので依然として私は危機感を抱いているし

助かりたかったら他府県でとの情報もあるがしかし実際はいろんな事でうまくいかない場合もある。

ただ人の死を周りの人は簡単に考えているように思う。

死ぬ本人の腹の底に何があるのかをもっと周りの生きている人は理解しておくべきです。

昔の政治体制で理不尽にも犠牲になられた人々は幾重にも死体の山になり今の仕組みが出来たことを知るべきである。

つまり悲しみの歴史と言えるがそれが生命の進化になるのです。

人生は長くても100年ぐらいが限度で皮膚の皺や体の動きで判断すると

せいぜい体力と気力を消耗しないようにきっちり計画を立てておけば充分可能なことである

がそれには医学的な知識と病気をしない食生活や全般的な雑学と

気持ちよく進める人生の導きを巧く学習することである。

日本においては過去の悲惨な歴史を考慮しても今の時代に生きている現状は最も幸せな環境であるように思えるが

将来は同じような事が言われるのだろう。


生きるという意識が大切なのだが、人としての倫理教育がいかに大切かと言うことでしょうか。

その悲惨さは過去の歴史そのものにありますので

例えば何百年、何千年前の庶民の生活は医学もなく教育もなく情報もなく

其の時代に住んでいるだけで過酷で苦しい体験しているのが普通であった。

いつもながら世の中に平等に近い国家統治がなされているならば問題はないがないが

ほとんど不平等な扱いがまかり通る時代を経てきている。

戦争で悲惨な経験をしてきた人、訳も分からず死んでしまった人達

 帝国主義での統治国家での反体制勢力の押さえ込みとかたくさんな理不尽な抑圧を考慮しても酷い歴史を歩んできた。

戦前の治安維持法をいかに考えているかをもっと知るべきである。

人の寿命を知る情報がない時代や昔の日本が酷い時代であったのと同じ程度の環境が

今もなお世界には存在して多くの人が人間扱いされずに抹殺されている所をみると

先進国以外の多くの場所での日常的な出来事のようである。

航空機遭難事故の犠牲になった人も人間扱いではないですし


死んだ人間は尊厳もなく扱いはゴミである。

薄い紙切れに書いた経歴も儚く忘れ去られる

日航機墜落事故以前の扱いには顕著にその思いは強い。

この日本の国内にも石ころのように道ばたで命を落とす人が何万人もいる事に驚きます。

多くの場所で無駄な戦争やテロを繰り返す人達は不幸からの脱却の導きが強い為に起こる。

人が生きるために生まれて来た単純な経路を否定する宗教や思想が蔓延る地域もある

私は無神論者ではあるが生きる為の理論的な摂理は理解していると思う。

だからいつまで経っても平穏な世界はない。お互いが苦しみ合い痛めつける世の中を続ける。

イスラム文化圏のパレスチナの人々もお隣のイスラエルも同じなんでしょうね。


やったらやり返す文化を継承してきてもうそろそろ止めにしては如何なものでしょう。

アメリカの同時多発テロも同じですね。

あれは明らかにブッシュという異常者によって引き起こされた人災のように思える。

世の中を平穏にするならばイランイラク戦争もアフガニスタン問題にもあまり突っ込まない事でしょうね。

死刑廃止と似ているかもしれない。

被害者遺族が加害者を死刑になるように望むのはそういう問題を含んでいるのかもしれない。


虫や動物と人間の意識の差はあるのだろうかと近頃考えるが生き物としての儚さを知るべきなのよ

弘法大師の般若心経にある思想に唱っているように思うが、

或る程度の努力はすべきでしょうがもう凄い災難が降りかかるようなら避難、逃避すべきである。

高度と思われている人類も死に対しての意識は動物と変わらないのかもしれない。

あっという間に意識がなくなり死への旅立ちをするのに大きな苦しみはないのであろう。

その意識をすべての束縛から解き放たれる喜びに浸るかもしれないがそれが何であるかどうかを議論しても意味がない。

生き延びて苦しい思いをするのは宿命でありそれが不幸でも幸いでもない。

はなから生き物は何も持たずに生まれてきて何も持たずに死ぬ。

まあそういう事はさておきこの身が滅ぶまでしっかり生きたいものである。